縁あって、展示が終わり、像が奈良へ帰る時に、観音像の魂を抜く儀式に立ち会うことが許されました。 法隆寺の方がいらして読経した後、何かを振った瞬間、魂だけ先に奈良へと帰りました…という。 その後、木だけの身体が到着したら、改めて魂を入れるということでした。 (via 百済観音 : つながりキーワード一覧 - 関心空間)
縁あって、展示が終わり、像が奈良へ帰る時に、観音像の魂を抜く儀式に立ち会うことが許されました。 法隆寺の方がいらして読経した後、何かを振った瞬間、魂だけ先に奈良へと帰りました…という。 その後、木だけの身体が到着したら、改めて魂を入れるということでした。 (via 百済観音 : つながりキーワード一覧 - 関心空間)
法隆寺百済観音 (via 花のかたち 飛鳥仏の構造)
この像は金堂の壇上で、釈迦三尊像の後ろに北向きに安置されていたもので、今は新築された百済観音堂に安置されていますが、この像の伝来は謎に包まれています。法隆寺の最も重要な古記録である747(天平19)年の「法隆寺資財帳」などにも記載がなく、いつ法隆寺に入ったのかわかっていません 。1698(元禄11)年の「諸堂仏躰数量記」の金堂の条に「虚空蔵立像、七尺五分」と、初めてこの像についてと思われる記事があらわれ、江戸時代、1746(延享3)年、良訓が記した「古今一陽集」に「虚空蔵菩薩、御七尺余、此 ノ尊像ノ起因、古記ニモレタリ。古老ノ伝ニ異朝将来ノ像ト謂ウ。其ノ所以ヲ知 ラザル也」と記されているといいます。 (via 世界文化遺産 法隆寺地域の仏教建造物)
法隆寺所蔵の橘婦人念持仏(たちばなぶにんねんじぶつ) (via 眉根を少し寄せて思い悩む天平の少年・阿修羅)